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代表取締役 出口博俊

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嚆矢濫觴

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2019年10月14日

「嚆矢濫觴の時を忘れず」私は、社長業をやりだして以来この言葉を片時も忘れないようにしてきました。「嚆矢」とは戦を始める際に敵陣に射かけた鏑矢の事、「濫觴」とはあふれる杯と書き、大河も最初はほんの杯があふれる水から始まるという、どちらも物事の起こりを指す言葉です。今回の台風は、この言葉を全く違った角度から考えさせられることになりました。
 大規模で多数の河川の決壊は、杯一杯の水、それが集まるととんでもない力を発揮するということをまざまざと見せつけられる瞬間でした。地震、台風等、大規模な自然災害を見せつけられるたびに人間は自然の前では、いかに無力であるかを思い知らされます。台風の進路に当たる地域ではなく、また前回の9月、千葉を襲った台風のように通常被害が大きくなる台風の進路の東側ではなく、西側、北側に被害が集中したのも予想外の出来事でした。よく似た進路をたどりながら、前回は風、今回は雨、被害は全く違う形となったわけでまるで自然にあざ笑われているようにも思えます。
 私は高校時代、生意気にも政治的な発言をした時(世の中こうあるべき、こう変わるべきなどといった時)、父にこう怒鳴られたことを思い出します。「世の中、理屈ではない。圧倒的な自然の力で自分の耕した田畑が踏みにじられたとき、理屈が通じるか!人が生きるということは全く理屈の通じない出来事に対して忍び、それを受け入れ、立ち上がり、戦っていくことなのだ。戦うことが何かさえ分からない小僧が政治なんか語るんじゃない!」父の実家を訪問し、実家の畑が凶作の話が出た時父が話した内容ですが今でも忘れられません。自分たちが手塩にかけて耕し、作ってきた作物が一瞬にしてなくなり、その土地まで流してしまう。こんな理不尽を受けいらなければならない人たちに、理屈は通じません。言葉をかける事すらできません。
 科学がいかに進歩しても大自然の前では無力です。我々の先祖はそれを受け入れ、耐え忍び、そして立ち上がってきたんだなと思うと、現代を生きる我々も自然の前では無力であることを理解したうえで前に進むしかないのですね。
 濫觴の水から始まり、それが集まり、やがて大河となって海に注ぎ、それがまた水蒸気となって雨として大地に降り注ぎ、また濫觴の水となる。これの繰り返しが自然であり、その自然の一部でもある人の一生でもあるのかもしれません。


 毎回、台風が来るたびに感じることですが東京という場所に限ったことかもしれませんが、台風が東京に向かってくるとき、ビル風により若干の違いがあるのでしょうが強烈な東南風(東南方向からくる風)が吹きます。風速60mという猛烈な台風対策という意味では東南向きではない、南西向きや北東向きのマンションの方が良いのかもしれません。

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